小学校見学 vol.1
更新遅れました・・・(+_+)
パソコンの調子が悪く、最近は全く起動出来ず・・・。原因は分かっているのですが、元通りにするためには初期化しないといけない・・・と言うことは、メールアドレスやファイル、今まで登録したインターネットのURLなども全てなくなってしまうのだ・・・。携帯用のハードディスクを持って来ているので、バックアップは取っているものの、出来れば日本に帰ってから初期化は行ないたい・・・。ただ、起動出来ない状態が、続くようであれば初期かも止む得ないかな・・・(+_+)?
さて、本題に入りたいと思います!
5/29(月)の午前中は近くの小学校に見学に行きました。その様子を話す前に、少しこちらの教育制度を説明。たぶん、今回は制度で話は終ると思います。それほど日本と制度が異なるのです!
日本と違い、小学校・中学校・高校と別れてはいません。
幼稚園を卒業すると、小学校にあがるのですが、まず1年生の前に0年生があります。この0年生は何をしているかと言うと、床でゴロゴロして勉強しています。
これは、発達段階において、長時間椅子に座って話が聞ける身体ではないので、楽な姿勢で学校とは何か?勉強とは何か?を学びます。しかも時間割は15分刻!(>3<)/徹底していますね♪これも発達段階においてこの時期は15分が集中力の限界なのだそうです。日本で言う小学校は1年生から始まります。0年生は幼稚園卒業と学校が始まる間の教育といった感じです。
『学校』は1年生から始まり、通常は9年生まであります。小・中一貫教育みたいな感じですかね〜?
日本と最も大きな違いが担任が変わらないということです!もちろんクラスもずっと持ち上がり!!このことにより教師は生徒の学力・性格などすべて把握しています。しかも1クラスの生徒数は上限で28人。もし29人になるようであれば、必ず2クラスに別けます。ちなみに自分が見学に行ったクラスは18人でした。
『担任及びクラスの生徒が9年間変わらない』システムの解釈は人により異なると思いますが、実際に教育現場を見た自分の感想としては
『素晴らしいーーーー!!』
の一言です。教師と生徒の人間関係が明らかに日本と違います。一人一人が親と話しているかのようでした。
イジメもほとんどないそうです。これは教師と生徒の関係、9年間同じクラスという生徒同士の関係、少人数のクラスなど様々な要因があげられますが、一番大きな理由は『民主主義』を徹底して教えるからだそうです。「自由とは?」「平等とは?」「責任とは?」「権利とは?」「共生とは?」
少し話はそれますが、現在日本では『愛国心』を盛り込むことが話題にあげられていますね。デンマークの教育基本法なるものには『愛国心』という表現はなく、『民主主義を徹底して教える』ことが書かれています。
例えば、授業でイスラム教を学ぶ時でも「イスラムの考え方、価値観、文化はこうです。では、私達ならどう思いますか?」と、このように対話式で『考える』ことを重視しています。
その事により、生徒一人一人が相手との価値観の違いや育った環境の違い、文化の違いを考え、発言します。その中から相手を尊重することを学ぶのです。
こうやって生徒が自分の意見を言えるのも、9年間という生徒と教師、生徒同士の関係があってこそ始めて出来るのです。日本で「挙手で」と言って、何人の生徒が手を挙げますか?
しばらく本題とはそれますが、現在日本が記載しようとしている『愛国心』について。日本ではこういった話をすると「あいつは右よりだっ〜!」とか「あいつは左よりだっ〜!」など言われます。言われない?
自分は別にどちらよりなんて気にはしていませんが、あえて言わせてもらえば『愛国心』とは記載するものではなく、自発的に国を愛する心が出来れば、それはそれで素晴らしいと考えます。
ちなみに、もし日本が高齢者や障がい者を国民の全てで支えるシステムが出来上がり、国民がその事を誇りに思い、「最近の子供は・・・」と言う前に本気で教育制度を考え直し、近隣諸国に対しても真摯な態度で接し、国際化を訴えるなら難民の受入れに対しても積極的に取り組むなど、これらの対策を、しっかりと制度化するのであれば、自分は自信を持って「日本という国に誇りを持っている。日本人として誇りを持っている」と言えるでしょう。あくまでも「自分は」ですよ〜。
あぁ〜また、熱くなってしまった・・・(+_+)
え〜本題に入ります。
次に大きく異なるのが教育方法です。日本にも到達目標なるものがあると思いますが、ここデンマークでは最終的に到達目標に達するのであれば教材や授業のやり方などのプロセスは教師の自由となっています。
例えば、英語でも生徒の好きな英語のCDを聞きながら、訳したり歌う事により発音の勉強をします。前回にも少し教育方法については説明しました。まだ見ていない方はこちらをご参照下さい。
もちろんデンマークにも「落ちこぼれ」はいます。ただ、平均して1クラスに1人は補充の教師がいるので、授業中に横で説明したり、時には別の教室に移動して1対1で分かるまで徹底して教えることが出来るのです。
そうする事により、教師がプロセスを自由に選択しても、ほぼ全ての生徒が到達目標に達することが出来るのです!
さてさて、デンマークでは高校受験もありません!といっても全ての人が入学出来る訳でもありません。さて、何ででしょう?
それは、教師が高校で必要な学力が備わっているか判断し、教師が高校に行けるか決めるからです。う〜ん、意見が分かれそう・・・。
でも、それが出来るのも1年生から9年生までずっと見て来ているから出来るのです。また、だからこそ生徒も自発に勉強し授業中も積極的に発言するのです。もちろん、教師が無理だと判断しても本人の強い希望があれば入学できます。ただ多くの生徒も親も、9年間も見てきている教師の判断を「誤っている」とは解釈しません。そこで、さらに方法がもう一つあります。
前半で
『学校』は1年生から始まり、通常は9年生まであります。小・中一貫教育みたいな感じですかね〜?
と書きましたが、現在は学力が足りないが、やはり高校へ行きたい!と思う生徒は10年生に進み学力をつけます。いやぁ〜ほんと全てが自発的なんですよね〜。
さてさて、『福祉』を学びにきているはずが、なんで『教育』なんだー!と思う方もいらっしゃるとは思いますが、今の日本の障害福祉施策が来年大幅に変わることはまず無いですね・・・。
デンマークの国土はわずか、日本の九州と同じくらいです。よって資源が少なく多くは輸入に頼っています。どこかの島国も同じでは?石油もないですよね?
なので、デンマーク人は・・・
『子供こそが、この国の大事な資源だ』
と考えています。
少子化が進む日本。高齢化が進む日本。将来の日本を支えるのは数少ない子供達です。障害福祉も例外ではありません。
本当に今の子供達に任せられますか?
これは国だけの問題ではありません。私達、大人の問題です。
「子供は親の背中を見て育つ」
年配者を敬っていますか?
障がいを持った方にも分け隔てなく接していますか?
現在、日本では残虐な少年犯罪が多発していますね。これは誰の責任でしょうか?産まれた時から残虐な赤ん坊はいるのでしょうか?
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コメント
高一と小三の母としてコメントを・・・。
離島の僻地校なので、一クラスは10~20人位です。
幼稚園から小六までは、ずっと同じメンバー。
中学からは、もうひとつの小学校と一緒になりますが、
保育所が一緒だった子と「やあ、久しぶり。」と再会、みたいな感じ。
お互い知り尽くした関係は、もちろんいいことも
いっぱいあるようですが、
それぞれのポジションが決まってしまって
「そーいうのは、誰々の役目。」と、
いつも役割分担ができてしまっているようです。
だから、転校生は「風を吹き込んでくれる。」と、大歓迎。
報告にある「0年生」「15分刻」「歌詞を訳して英語の勉強」
など、すごーい!すてき!と、うらやましいことは
いっぱいあるけど、
クラスの持ち上がりについては、
それが苦痛になっている子がいないのか、
すこし心配。
子どもは、本当に宝物。
子育て支援の活動にも、関わっちゃっている私です。
投稿 waka | 2006年6月 2日 (金) 00時12分
『お互い知り尽くした関係は、もちろんいいことも
いっぱいあるようですが、
それぞれのポジションが決まってしまって
「そーいうのは、誰々の役目。」と、
いつも役割分担ができてしまっているようです。』
なんとなく、理解出来ます。自分は転勤族で小学校だけでも3校行きました。自分は良かったと思っています。それはwakaさんの文章にもあるように、ずっと一緒だと「彼はこういう人」というふうに周りから思われる(決めつけられる?)風潮がありますよね。
でも、誰でも自分の意志を主張出来る。それを認めてくれる環境がある。機会は平等にある。それを教師はもとより生徒も理解している。そういう国であればどうでしょう?
ちなみに日本も民主主義ですよ。
自分も含め日本人は、いかに民主主義を理解していないか、また学んでいないか、切に感じるこの頃です・・・。
投稿 マキト | 2006年6月 2日 (金) 17時52分
やっと、わたしもひさしぶりにブログをみることができました・・・。ちょっとみない間に、またまた、充実した濃い内容になっていますね。日々がんばっているんですね。
「誰でも自分の意志を主張できる。それを認めてくれる環境がある。機会は平等にある」
そのためにも、「自分」という人物を一番に自分が知って、理解するということが大事かなと思います。
自分以外の人からの目や評価で、自分という人物をつくりあげてしまいがちですが・・・。
自分をしっかりと確立することで、他人のことも考えていける、認めてることができるにつながっていくのかなと思います。(うまく表現できませんが・・・)
やっぱり、自分がどう思う?、どう考えるという思考の癖づけをしていかないとなあ~。そういう意味での子どもへの教育のあり方を見直さないといけないと思います。
そして大人自身も・・・
私は、物事の本質にもありましたが、「思いやり」「尊重」ってなんだろう?私はどう考えてる?どうしてる?って今一度、きちんと考えてみようと思っています。
投稿 icco | 2006年6月 2日 (金) 18時31分
こちらの福祉関係の職場では、本当に職員のコーヒータイムが多いらしいです。施設見学に行った人に聞いたのですが、最初は「デンマーク人は休み過ぎでは?」と感じるそうです。でも、このコーヒータイムはとても大事で職員間のミーティングにもなっています。
施設見学を行った人が、ほとんどの職員に「あの利用者の目標は何?」と聞いても、「彼の目標は○○○だよ。で、現在はそこに向けて、こう取り組んでいるんだ!」と、全ての職員から全く同じ答えが帰ってくるそうです。
デンマークでは、本当にコミニュケーションを大切にします。その中で意見がぶつかり合うこともあるそうです。でも、そうすることにより相手が何を考えているのかが理解できるので、「では、問題を解決するためにはどうするか?」となるそうです。
このような環境は、スグに日本でも導入出来ますね♪良い意味で仕事をしっかりとマニュアル化し、少しでも時間(ゆとり)を作り、コーヒーでも飲みながら職員間での意思の疎通を大事にする。話し合いって大事ですね〜☆
投稿 マキト | 2006年6月 2日 (金) 18時54分
今日は学校に小3を迎えに行って、
時間があったので、保健室で養護の先生と
かなりの時間、お話ししてしまいました。
小学生、いろいろ支援の必要な子がいるようですね。
幸いなことに、深刻な「いじめ」のような
問題はないとのことですが。
小規模校なだけに、先生方は子ども達の顔も名前も
個性も全部知って下さっています。
(と、信じています)
「自分の意志を主張できる。認めてくれる。」
小規模校だから、きっと、それに近いものが
ありますよね。
良い環境で子育てができていると
いつも思っております。
投稿 waka | 2006年6月 2日 (金) 23時48分
ブログ拝見しました。
私の意見なのですが、デンマークの教育方法は賛否どちらかというと五分です。
確かに、民主主義を徹底して教えることは素晴らしいと思います。しかし、クラス、担任が9年間同じということに少し疑問を感じます。確かに、クラスメイトや担任とはとても親しい関係になれるし、全てを分かり合えるから素晴らしいと思います。しかし、人格形成という大事な時期で一つの環境に留まることはどうでしょう?
いきなり否定?から入ってしまって申し訳ない・・・
私が小学生の時は毎年違うクラスで、毎年違う友達と毎年違う遊びをしていました。その分友達も沢山できましたし、色々な遊びをして、とても刺激的でした。
9年間同じクラスというのは周りと接する機会が減るのでは?クラス外の人を簡単に受け入れなくなるのでは?やはりその辺は民主主義を徹底しているからしっかりしているのか?
しかし、実際に現場を見ていない私・・・・
若輩な私にマキトの言葉を・・・
投稿 背番号14 | 2006年6月 3日 (土) 01時29分
背番号14さん、率直な疑問・ご意見ありがとうございます。
確かに、1日しか見学していない中で「9年間同じ暮らす」の善し悪しは、実際に9年間過ごしてみないと本当にそれが良いのか?果たしてそうでないのか?という客観的な結論というのは出せないかな。とも思います。
ただ、あくまでも個人的な考えとしては、ここデンマークも日本と同じようにクラブ活動があったり、近所には学年の違う友達がいる等、多くの人と接する機会がないわけではないと思います。
背番号14さんの
『人格形成という大事な時期で一つの環境に留まることはどうでしょう?』
というご意見ですが、留まることによるメリット・デメリット、クラス替えのメリット・デメリットを考えてみたいと思います。
このように考える機会を与えて頂き、ありがとうございます。実際のデンマークの子を持つ親にも尋ねてみたいと思います♪
投稿 マキト | 2006年6月 3日 (土) 18時28分